沈む瀬と浮かぶ瀬

展覧会の感想など

日記なんて3日と続いたことがないけれど

スケジュール帳はあまり機能が多くなくて構わない。書き込むことなんて、バイト、3限休講くらいのものだ。別にこだわりとかも特にない。100均のスケジュール帳だろうが、ものすごく質素なものでも問題ない。

それなのに、ロフトのスケジュール帳売り場は私の隠れた暇つぶしスポットだ。

持つものは何でもいいけど、工夫やデザインが色々あって次々と手に取ってみることができるのは普通に楽しいのだ。

可愛い装丁や、開いてみるとたくさんイラストが入ってて絵本みたいなのが好みだけれど、路線図とメモスペースだけでなく、いざという時の電話番号集とか、世界各国のあいさつ集とかがついてたり、とても使いこなせそうにないほど様々な機能がついたものとかを見てると、「これを使うような人は一体どういう生活をする人なのだろう?」とつい想像してしまう。それもまた楽しい。

 

スケジュール帳売り場は大体「ダイアリー」というコーナー名でまとめられていることが多い。同じエリアには、スケジュール帳だけでないのも普通である。例えば、家計簿とか、育児日記とか、そして本物の(?)ダイアリー、つまり日記帳とかである。

 

日記なんて3日と続いたことがない。

文章を書くということはは非常に疲れることだと思う。何をしているわけでなくても、時間を過ごしていれば色んな考えや感情が頭の中を渦巻いているし、それに動かされて頑張っちゃったりするのだ。でも、それは一度言葉にしようとすると結構難しい。何とか言葉にして、文章にしても、頭の中のときの印象と大きなギャップをもつこともままある。あれ、今まであんなにぐわあって考えてたことって、こんなしょぼかったっけ?って。

逆のケースでも何でも考えて集中することに変わりはない。考えて集中することはいつまでも続くわけじゃない。疲れるからだ。

しかもそれを毎日、こつこつ、楽しいことつらいこと恥ずかしいことどうでもいいこと、全部思い出して、ひとつひとつああでもないこうでもないこれを書いてこれは書かないで……。

面倒くさい。端的に。

 

最近は3年ダイアリーとか、いつでも気楽に気軽に書けるような工夫がしてあるものもたくさん出ているが、文章を書くということ自体がそもそも全然気楽じゃない。

夏休みの宿題は夏休みが明けてからやるタイプには縁遠く感じる。

「寒い眠い鍋食べたい」程度の瑣末なことだったら青い鳥さんにぶん投げておくので十分だ。

 

それでも書き残しておかないと役に立つことや大事なことだってすっかり忘れてしまう。

なので、ブログをはじめることにした。

そもそも展覧会評*1書くためにはじめようと思ったので画像とか使うと思ってtumblerに登録してたいたのだけれど、画像なんてそんなに使わないし、何より数十時間分のテキストがエラーで消えていった*2ので、もういっそのこと普通のブログサービスに切り替えてしまえと思ったのも理由である。

 

毎回毎回日記をはじめると最初の一ページだけはしっかり書く傾向にあるので、初っ端からこんなにぐだぐだ書いていて心配だけれど、まあつらつら書いていこうと思う。えいえいおー。

*1:展覧会評というか日々のいろんなメモの整理といったほうがいいかもしれない。それにしても作品リストにメモをしておくと、大体時間が経った時にしか見ないし、その時には書いてあることが意味不明になるよね。バイトの時に急いで書いたメモが見返すと意味不明なのと一緒。整理大事。

*2:尚この記事もエラーで一回消えて書き直している。泣きたい。