沈む瀬と浮かぶ瀬

展覧会の感想など

たい焼きが食べたい

どーーーしようもなく甘いものが食べたい。

昨日はみたらし団子が食べたかったし今日はたい焼きが食べたい、明日にはあんみつが食べたいとか言ってるんじゃないだろうか。

甘いものは人を幸せにする、きっと。けど暫くはちょっと我慢しよう。

 

ここ最近のこと。

1月はテスト、2月になって合宿に行って演奏会があって、うわああって言ってたら春休みももうすぐ半分終わっちゃうね。

院試が日毎に現実味を増して、でも勉強は全然追いついてなくて、毎日へらへらしてるけど内心は結構焦っている。

 

最近はあまり展覧会に行った記憶がない。

2月の上旬に都美でやっているティツィアーノヴェネツィア派展に行った。ものすごく目立つ損傷があったり、「これ近代絵画?」って思うぐらいつるぴかな絵画があって、なんだこいつらは...と思っていたが、あれはイタリアの一種の修復介入の結果なんだそう。ルネサンス期の絵画は同じ画家でも印象の違った絵画があったりするのは、後年の介入によるところも大きいとなんとなく耳にしていたけど、あそこまで分かりやすい修復も、なかなか面白いなと思う。

一部の芸術作品は人の一生よりもずっと長い時間を経験して、その流れによる不可避な変化は、作品の要素となって積み重なっていく。その変化には人々の思いや考えも少なからず含まれている。それも、作者や所有主以外のものも。

作品って何なのだろう。オリジナルなんて結局幻のような何かなんだろうか。そんなことは無いように直感的に思うけれど。

 

最近はバイトの前後に阿佐ヶ谷の映画館に駆け込んで映画を見るのが日課になっている。

映画を見ることにハマっているというのもあるけど、街は程よく狭く、程よくごちゃごちゃしてて、そこにふらっと入り込んでぼーっと映画を見るというのが私の性に合うらしい。

美術館にしょっちゅう行くのは美術が好きというのも勿論あるが、美術館の行き帰りにふらふらしたり、散漫に思いを巡らすことのできるあの空間、その雰囲気が何とも言えないぐらい心地いいのだ。

そういう場所を必要としている人間は珍しくないと思うし、そういう人たちに対しては何となく憎めない。

フランス語を大量に聞き流してたら全然頭に入ってこなかった数詞が覚えられたし、フラ語の勉強だって言い訳がたつかな、いや、たたないな。

 

具体的な勉強のこと。

語学の勉強を頑張る。これは本当に頑張らないといけない。

未読の本が溜まっててこれも悩みの種。大まかに分けると、

①美学および芸術学の本、②北方ルネサンス関係(特にヤン・ファン・エイク)の本、③色彩に関係する本(ヴェネツィア派も含む)、の3つ。図録やpdfで落としたような論文もかなり溜まってるので、春休み中に何とか消費したい。

教授のアポ取りもしなよって言われて未だに全然できてないのでやるべきことは山積みだ。